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三十糎艦船連合呉支部

三十糎艦船連合呉支部

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旧静観邸

旧静観邸について

西川原石に、立派な石垣と板塀をめぐらせた邸宅がある。 これは明治中頃の建築で、呉鎮守府参謀長・佐藤鎮雄大佐(のち少将)の邸宅であった。 佐藤大佐は、呉鎮守府建築委員副長として1886年(明治19年)10月に赴任したが、このとき澤原為綱が和洋折衷の平屋を建てて提供し「静観邸」と呼んだ。 呉鎮守府参謀長となったのは1889年(明治22年)4月1日で、1890年(明治23年)に龍驤艦長として転出するまで、居住したようである。

佐藤鎮雄参謀長の後には、赤峰伍作造船部長、三浦功軍港部長などが住んだ。

1940年(昭和15年)1月に、この邸宅を借り上げて住んだのは、呉海兵団副長兼教官の大田實大佐(後に沖縄戦で自決した大田中将)である。 大田中将の家族は1950年(昭和25年)3月頃まで、この家に住んでいたようである。 

注)現在は一般民家のため内部見学は不可。

旧静観邸

旧静観邸

旧静観邸

旧静観邸

旧静観邸

アクセス

近辺略図

JR呉線「川原石駅」下車。 徒歩4分。

JR呉駅から広電バス天応川尻線(天応、吉浦方面ゆき)乗車。 「海岸三丁目」下車。 徒歩4分。

参考資料

  • 岡本二郎.呉の近代建築.広島,広島県文化財協会,1999,p6-7,広島県文化財ニュース,第161号
  • 二川ふれあいクラブ.ふたかわ:歩けば歴史が見える.呉,呉市二川公民館,2002,p21
  • 田村洋三.沖縄県民斯ク戦ヘリ:大田実海軍中将一家の昭和史.東京,講談社,1994,p170-171
  • 日本海軍人事手帳(?).http://www.geocities.jp/boat_sparrowhawk/index.html.(2010年10月20日参照)

煉瓦塀

この地区では煉瓦塀の家を、よく見かける。

煉瓦塀

煉瓦塀

煉瓦塀

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