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三十糎艦船連合呉支部

三十糎艦船連合呉支部

この地は、和同開珎の枝銭(鋳型から抜き出した状態でつながっているもの)が出土しており、また鎌倉期には警固役所が置かれていることから、古代より海上交通の要衝であったと考えられている。

亀ヶ首射場は1898年(明治31年)に呉海軍工廠砲煩実験部の試射場として設置された。 ここでは艦砲の試射や防御甲板の実弾貫通試験などが行われていた。

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亀ヶ首遠景

射場近くの尾根からの俯瞰。 ここからでは船着場の突堤しか確認できない。

亀ヶ首遠景

亀ヶ首遠景

射場を西側から見る。 射場は前方の山の向こう側にある。 写真中央付近にあるトンネルを通って行く。

亀ヶ首遠景

旧防波堤

射場へ続くトンネル入口付近の海中に、昔の防波堤が沈んでいる。

旧防波堤

旧防波堤

旧防波堤

入口トンネル

射場へ続くトンネルは、降雨後は水が溜まり、通行が困難になるとのことなので注意が必要である。

入口トンネル

入口トンネル

入口トンネル

トンネル出口付近

トンネルを出ると、前方に船着場の突堤が見えてくる。 この付近には、コンクリート製の水槽跡や、慰霊碑がある。

トンネル出口付近

水槽

慰霊碑

烹炊所

烹炊所はコンクリート造の建物で、他の施設と比較すれば良く残っている方である。

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

烹炊所

仮設トイレの案内板があるが、はっきりとした遺構は見あたらなかった。

仮設トイレ

事務所および高等官詰所

煉瓦造りの建物が2棟残っている。 屋根は落ちているが壁面はほぼ残存している。

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所および高等官詰所

事務所の近くに井戸跡がある

井戸

測定室

事務所奥側に コンクリート製2重構造の検速室が残っている。

測定室

測定室

測定室

測定室

測定室

測定室

測定室

測定室

測定室

発電機室跡

烹炊所の奥側が発電機室跡ということらしいが、水槽らしき構造物以外はコンクリートの破片しか確認できなかった。

発電機室跡

発電機室跡

発電機室跡

発電機室跡

火薬庫跡

火薬庫跡の案内板があるが、コンクリートの破片しか確認できなかった。

火薬庫跡

火薬庫跡

火薬庫跡

火薬庫跡

西側トロッコトンネル付近

火薬庫から射場へは運搬用トロッコのレールが敷設されていた。 現在は2本のトンネルが残っている。

このトンネルは西側の入口は、煉瓦などの廃材で塞がれている。 内部は資材置き場として使用されているようだ。

西側トロッコトンネル付近

西側トロッコトンネル付近

西側トロッコトンネル付近

西側トロッコトンネル付近

西側トロッコトンネル付近

東側トロッコトンネル付近

東側のトンネルはどちらの出入り口も塞がれていない。 内部には椎茸のほだ木が置いてある。

東側トロッコトンネル付近

東側トロッコトンネル付近

東側トロッコトンネル付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

観測室及び弾丸調節室付近

船着場

船着場跡には、石造の突堤が2本残っている。

船着場

船着場

船着場

船着場

船着場

船着場

船着場

船着場

船着場

地下弾丸破裂槽

地下弾丸破裂槽

地下弾丸破裂槽

地下弾丸破裂槽

南側海岸

南側海岸

亀ヶ首本射場位置図

亀ヶ首本射場位置図

アクセス

JR呉駅から広電バス「桂浜温泉館」ゆきに乗車。 「桂浜温泉館」下車。 桂浜温泉館から生活バス「桂浜温泉館・室尾・大迫線」に乗車。「大迫」下車。 バス停から徒歩で山越え、約2.5km。

生活バス「桂浜温泉館・室尾・大迫線」は一日5往復しかなく、土日曜祝日は3往復となるため、桂浜温泉館から大迫まではタクシーを利用するのが現実的。

自動車の場合、大迫から先の山道は軽自動車でも離合困難なので注意すること。 駐車スペースは現地近くに3〜4台分あり。

注意事項

大迫から先の山道は、非常にわかりにくい。 また、現地には簡単な案内板があるが、ほとんどの遺構が藪に覆われているので、現地に慣れた案内人との同行を推奨する。 ボランティアガイドもいるようなので、倉橋市民センターに問い合わせて見るのがよい。

時期としては、毒虫や毒蛇の活動しない冬期を推奨する。

現地入口近くのトンネルは水没していることが多いので、長靴、靴下の履き替え、タオル等の持参を推奨する。

緊急時には、少なくともDocomoの携帯であれば連絡は可能。 ただし、簡単に救急車がこれる場所ではないので危険な場所には近づかないこと。

以上のように通常の遺跡と比べ、格段に危険な場所であるので、絶対に一人では現地入りしないこと。

参考資料

  • 呉レンガ建造物研究会編.街のいろはレンガ色:呉レンガ考.広島,中国新聞社,1993,p52-53.(ISBN4-88517-165-2)
  • 倉橋町編.倉橋町史  通史編.倉橋町,倉橋町,2001,841p
  • 施設図(其の1)(2).アジア歴史資料センター,リファレンスコード:C08010961700(第38〜41画像目).呉海軍工廠引渡目録 1/8 第2復員局 (@−引渡目録−105)(防衛省防衛研究所)
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