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三十糎艦船連合呉支部

三十糎艦船連合呉支部

海上保安大学校は、海上保安庁の幹部海上保安官を養成するための教育機関として1951年(昭和26年)に設置された。 教育期間は本科4年、専攻科6ヶ月の合計4年6ヶ月である。 本科の4年間で海上保安行政を遂行するために必要な 知識・技能を修得。 専攻科では、世界一周の航海実習のほか犯罪捜査・鑑識、海難救助など海上保安業務に直結した実務を学ぶ。

特修科では、海上保安庁職員のうちから選抜した者に対し、初級幹部職員として海上保安業務の遂行及び船舶の運航に必要な学術及び技能を教授している。

研修科では、海上保安庁職員のうちから選抜した者に対し、、潜水技術研修や語学研修等、業務遂行に必要な専門的学術及び技能を教授している。 映画「海猿」で描かれていたのは、潜水士となるための「研修科潜水技術課程」である。

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海上保安大本館

本館の両脇には、練習船こじま(三代目)の推進器と大錨が保存されている。

保安大本館

保安大本館

こじま推進器

こじま大錨

本館正面のモニュメントは海上保安大創立50周年を記念したものである。 中央の3本の石柱は教育方針を、周囲の石は四方の海と海上保安庁の4つの使命を表している。

モニュメント

煉瓦ホール

1914年(大正3年)竣工の火工部機械場。 長く短艇庫として使用されていたが、現在は保修され、イベント用のホールとして使用されている。

煉瓦ホール

煉瓦ホール

煉瓦ホール

煉瓦ホール

煉瓦ホール

煉瓦ホール

煉瓦ホール

天井部は梁がむき出しのままであり、碍子が残っているのが見える。

煉瓦ホール

煉瓦ホール

学生部屋

1933年(昭和8年)竣工の火工部第二雷管装填場。 以下3枚は2005年6月に撮影したものである。

学生部屋

学生部屋

学生部屋

2007年現在は窓や出入口がアルミサッシ化されている。

学生部屋

学生部屋

学生部屋

学生部屋

学生部屋

学生部屋

学生部屋は2009年3月に取り壊された。

学生部屋

錨把駐力実験室

体育館兼講堂の裏側にある。 1891年(明治24年)竣工の砲熕部第三試験用火薬庫。 外壁に漆喰が塗られているが、煉瓦造りの建物である。

錨把駐力実験室

錨把駐力実験室

錨把駐力実験室

地下壕跡

三ツ石寮から麗女寮の裏手には、地下壕の跡が数多くある。 ほとんどは埋められているが、一部は倉庫等に使用されている。

地下壕跡

地下壕跡

地下壕跡

地下壕跡

地下壕跡

地下壕跡

地下壕跡

地下壕跡

グラウンドに面した斜面にも地下壕の跡がある。。

地下壕跡

三ツ石山

校内にある小山は三ツ石山と呼ばれている。 かつては、この山頂に1923年(大正12年)竣工の気象講堂(旧光学工場)があったが、現在は取り壊されている。

三ツ石山

三ツ石山

三ツ石山へ登る道路の入り口脇に、半ば埋もれて石柱があり、「昭和十三」と「光?(學か)」の文字が彫り込まれている。 山頂にあった光学工場に関係するものと思われる。 また道路下には地下倉庫のような構造物が確認できる。

三ツ石山

三ツ石山

三ツ石山

海上保安シミュレーションセンタ

シミュレータによる訓練により、安全運航技術および業務対応能力の向上を図ることを目的として建設された。

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

海上保安シミュレーションセンタ

校内の遺構

裏門付近に煉瓦造りの構造物の一部が残っている。

校内の遺構

校外の地下壕跡

校外の官舎裏手にも地下壕の跡がある。

校外の地下壕跡

校外の地下壕跡

アクセス

JR呉駅から広電バス天応川尻線(天応、吉浦方面ゆき[峠経由])に乗車。 「海上保安大学校入口」で下車。 徒歩10分。

通常は、海上保安資料館以外の見学は不可。 但し、毎年6月上旬の土日に開催される学生祭「海神祭」の日には校内開放が行われる。 「海神祭」の詳細は海上保安大学校のウェブページを参照。

参考資料

  • 呉レンガ建造物研究会編.街のいろはレンガ色:呉レンガ考.広島,中国新聞社,1993,p40-41.(ISBN4-88517-165-2)
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